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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)3855号 判決

原告 佐藤梅造

右訴訟代理人弁護士 天羽智房

被告 株式会社和歌山相互銀行

右代表者代表取締役 尾藤昌平

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

同 松井千恵子

同 山本正澄

同 古田冷子

主文

被告は原告に対し、金五、〇四五万円、および内金五〇四万五、〇〇〇円に対する昭和四一年六月二〇日から、内金五〇四万五、〇〇〇円に対する同年八月一日から、内金三、〇二七万円に対する同月二六日から、内金一、〇〇九万円に対する同年九月一一日から、いずれも支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、一項に限り原告において金一、五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

「一、被告は原告に対し、金五、〇四五万円および内金五〇四万五、〇〇〇円に対する昭和四一年六月二〇日から、内金五〇四万五、〇〇〇円に対する同月二七日から、内金一、〇〇九万円に対する同年八月二〇日から、内金一、〇〇九万円に対する同月二五日から、内金一、〇〇九万円に対する同月二六日から、内金一、〇〇九万円に対する同月二九日から、いずれも完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

「一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張

(請求の原因)

一、原告は不動産仲介業等を営むものであり、被告は相互銀行の業務を行なう会社である。原告は他からの勧誘により、昭和四一年三月一九日から同年五月二八日に至る間、六回にわたり大阪市北区高垣町七〇番地所在の被告株式会社和歌山相互銀行梅田支店(以下被告支店と称する)に対し、別紙一覧表(一)記載のとおり、一〇口に分け、無記名(二口、いずれも井尻名義の印鑑届出をしている)あるいは梶本信次郎、鶴谷信三、大倉常次郎、田中芳夫、石川三郎、岩本常次郎、武藤山次郎、高木正敏の仮名を預金者名義として、期間いずれも三ヶ月、利息年四分の約束で、その都度それぞれ現金を交付して無記名あるいは記名式の定期預金契約を結び、いずれも定期預金証書の交付を受けた。

二、原告は、別紙一覧表(一)記載の定期預金(1)の満期日に、定期預金証書を持参し、被告支店に対して同預金の元利金の支払を求めたところ、被告は、同預金も含め原告の本件預金はすべて刑事事件に関連して、帳簿類等も警察に押収されているからその解決がつくまで支払ができないとの理由により、満期到来分についてはもとより、満期未到来分についても予め支払を拒絶した。その後も原告は被告本店に対し、同四一年七月末日頃満期の到来していた同(1)(2)の、同年八月二五日頃同様の同(1)乃至(8)の、同年九月一〇日頃同様の同(1)乃至(10)のそれぞれ元利金の支払を請求したが、その都度右と同様の理由によって支払を拒絶され、同四二年一月一一日被告に到達した内容証明郵便によってなした本件預金全部の元利金支払請求に対しては、被告から何の回答もなかった。

三、よって原告は被告に対し、本件定期預金の総額五、〇〇〇万円と、別紙一覧表(二)記載のとおり、これに対する各約定の三ヶ月間の年四分の割合による利息金合計五〇万円から租税特別措置法三条所定の税率一〇〇分の一〇を控除した残額四五万円、ならびにこれらの元利金に対する各支払期日(満期)の翌日から、いずれも支払済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因事実に対する認否)

一項の事実中、被告が、相互銀行業務を営む会社であること、および原告主張の内容の各定期預金契約が存在することは認めるが、原告がその定期預金契約者であることは否認する。

本件各定期預金は、いずれも無記名あるいは架空名義のものであって預金契約自体に直接、預金契約者が何人であるかが表象されないものであるところ、このような場合には、預金行為すなわち実際に預金手続をしたのが誰であるかを問わず、預金された金銭の出捐者をもって預金契約者とすべきである。

原告は現に本件各定期預金証書とその届出印鑑を所持してはいるが、右事実のみでは本件預金の出捐者とはいえず、原告自身は真実金銭を出捐したものではなく、出捐したとしてもその一部にすぎないから、いずれにしても原告は本件各定期預金の契約者ではない。

二項の事実中、原告の別紙一覧表(一)記載の定期預金(1)の満期日に被告支店に来店したこと、およびその後二、三回本件定期預金の元利金請求に来店したことならびに内容証明郵便を受領したことは認めるが、その余はすべて否認する。

(抗弁)

一、仮に本件各預金の契約者が原告であるとしても、本件各預金は、訴外柳川組が融資名義のもとに被告支店から金銭を喝取する前提として、いわゆる導入屋を介して原告に導入預金することを依頼し、原告は高額の裏利息を導入屋を介して受領し、右事情を知りながら預金したものであるから、強行法規である「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」の二条にいう不当契約に該当し、無効な預金契約である。

従って、本件各預金契約が有効であることを前提とする本件各預金の支払を求める本訴請求は失当である。

二、仮に右抗弁が理由がないとしても、左のとおり相殺によって被告の本件各預金返還債務は消滅した。すなわち原告の本件各預金は前記のとおり高額の裏利息を取ってなされたものであり、被告支店は本件各預金(導入預金)がなされたため、訴外柳川組から、同四一年三月二日より同年六月一二日に至る間に合計一億八、〇〇〇万円余を貸付形式で喝取され、被告は右同額の損害を受けた。被告のみならず全ての金融機関は、日計表によって当日の預金の入出金状況を本店に報告し、融資するに際しては本店の決裁を受けなければならず、支店が自由に貸付資金を持つことができない組織になっているのであるから、融資を一方的に強要しただけでは繰返し当該支店の手持金以上に多額の金員を恐喝することは不可能である。そのため、柳川組は被告支店から金員を喝取する前提として、原告に本件各預金(導入預金)を被告支店に対しさせたものであって、原告は右事情を仲介者から聞いて知り、または知ることができたにもかかわらず、あえて本件各預金をしたのであるから、原告の各預金行為は不法行為となるものといわなければならない。その結果被告は、前記の損害を受けたのであり、原告の本件各預金行為がなければ被告は右の損害を受けなかったはずであるから、本件各預金とこれと同額の被告の五、〇〇〇万円の損害の間には相当因果関係があり、原告は右損害賠償義務を負うものというべく、被告は本件口頭弁論(同四五年二月二五日)において陳述した同日付準備書面により、右損害賠償請求権を自働債権とし、原告の被告に対する本件預金返還請求債権と対等額において相殺の意思表示をする。

(抗弁事実に対する認否)

一、抗弁一の事実中、柳川組関係者と被告との間において恐喝事件が起きたこと、および原告が本件各預金の際その仲介人から日歩三銭五厘乃至四銭の割合による裏利息を受領したことは認めるが、その余の事実は争う。

二、同二の事実中、右一と同一の事実は認めるが、その余の事実は全て否認し、あるいは争う。原告は柳川組の被告支店に対する恐喝事情の実行行為にも被告支店の不当貸付行為にも加担しておらず、柳川組が本件各預金を見返りとして、被告支店から金員を喝取する事情を当時知らなかったのであるから、原告に不法行為責任はない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被告が相互銀行業務を営む会社であること、別紙一覧表(一)記載のとおりの預金名義による、いずれも期間三ヶ月、利息年四分の約定の一〇口の定期預金契約が、被告支店に存在することは当事者間に争いがない。

被告は、原告が右各預金の契約者であることを否認しているので、まずこの点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は、不動産の賃貸および不動産売買の仲介を業としてきたものであること、本件各預金は、原告と交際のあった金融業者で、いわゆる導入屋(仲介者)である訴外木下俊文から、同人の知人が日本橋の方で土地を買い、被告支店から多額の融資を受けたので、知人のため被告支店に協力預金をしてもらいたい、これに応じてくれるなら謝礼金として一、〇〇〇万円につき三四、五万円を支払うとの勧誘を受け、これに応じてしたものであること、原告は本件各預金の都度、預金額相当の現金を用意して木下から右割合による謝礼金を受取った後、同人と同道して被告支店に赴き、同人から同支店次長訴外阪田に対し「実は佐藤梅造という人に金を持って来てもらったので、サービス預金をさせてもらう。この人の預金です。」と紹介され、原告も「わしの金やさかい、期日にはもらいに来ますから、間違わんようにして下さい。」と言って持参の現金を差出して預金手続をし、定期預金証書を受取ったこと、その際各定期預金の名義を無記名あるいは架空名義としたのは、原告自身の指示によるもので、使用した届出印も原告が持参した原告のものであること、定期預金の名義を原告の本名としなかったのは税金のがれのためであること、本件預金総額五、〇〇〇万円のうち、五〇〇乃至一、〇〇〇万円は原告が他から借りたものであるが、他は原告の資金であること、原告は本件各定期預金証書およびその届出印を所持していること、が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

ところで預金契約者を特定するに際しては、具体的に預金手続を行なった者およびその者の表示した氏名と預金意思に加え、預金の際契約上使用された名義、資金の出捐者、届出印鑑、預金証書の支配者等をも考慮して総合的に判断すべきところ、右認定事実によると、別紙一覧表(一)記載の(1)乃至(10)の本件各定期預金については、すべて原告が預金契約当事者であって、返還請求権を持つものと認めざるをえない。

二、次に被告の抗弁一について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると左の各事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

被告支店の支店長訴外岩中賢次は、同四一年三月頃から同年六月頃までの間、被告支店等において組織暴力団柳川組幹部訴外梅本昌男から脅迫され、同人の支配下にある大建工商株式会社等に対する金融を強要されて、右期間中四〇回余にもわたって同会社等の過振りした約束手形、小切手の決済を、被告本店の審査決裁を経ないで貸金の形で処理させられ、その総額は約二億九、〇〇〇万円に達したこと、当時被告の資本金は八、〇〇〇万円で、右の貸金総額は相互銀行法による貸付限度をはるかに越えており、また決裁を受けた正規の貸付でもないので、岩中はその回収に苦慮して梅本に善処を求めたこと、梅本は同年三月頃から金融業者である訴外木下俊文に依頼して被告支店に導入預金をしてもらい、岩中と打合わせた上、これを見返りとして過振りを続けたこと、岩中はその各預金がいずれも導入預金であることを察知していたことが認められる。

また、本件各預金との関連については大建工商株式会社が被告支店の岩中に多額の過振りとその決済について承知させたので、導入預金をする必要に迫られたこと、そこで梅本およびその支配下にある同会社代表取締役訴外梶本保は、木下に期間三ヶ月の定期預金一、〇〇〇万円につき三五、六万円の割合の謝礼金(裏金利)を支払うことを条件に、被告支店に預金者を世話するよう依頼し、木下は前記認定のとおり原告にこの導入預金を勧誘し、原告はこれに応じて謝礼金(裏金利)を受領した上本件各預金をしたこと、原告は被告支店から融資を受けた者については特に関心がなく、木下も原告にこれを知らせなかったこと、謝礼金(裏金利)は梶本から木下を経て原告に支払われたこと、岩中は本件各預金につき、大建工商株式会社に対する貸付金の担保とする手続をしなかったこと、を認めることができ、右事実を総合すると、原告の本件各預金は、被告支店に対する一連の導入預金の一環としてなされたものであるが、原告は大建工商株式会社が被告支店から融資を受けたことは知らなかったことになる。原告は前記認定のとおり、土地を買うについて被告支店から多額の融資を受けた者のため、被告支店に協力預金をするよう木下から勧誘されているのであるが、融資に対応して本件各預金を勧誘されていること、裏金利が支払われること等から、導入預金であることは知っていたものと推認される。

「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」の二条一項は、「金融機関に預金等をする者は、当該預金等に関し、特別の金銭上の利益を得る目的で、特定の第三者と通じ、当該金融機関を相手方として、当該預金等に係る債権として提供することなく、当該金融機関がその者の指定する特定の第三者に対し資金の融通をし、又は当該第三者のために債務の保証をすべき旨を約してはならない。」と規定し、四条は右の違反者に対して罰則をもって臨んでいる。同法の立法目的および右条項の趣旨を考慮すると、右条項において預金者が「特定の第三者と通じ」るというのは、必ずしもその第三者との間に直接意思を通じることを要せず、仲介者を介して間接的に意思を通じる場合も含むものと解され、しかも後者の場合預金者が特定の第三者を個別的具体的に認識していることは必要でなく、仲介者を介して特定の第三者が存在していることを認識していればよいと考えられる。なんとなれば預金者は通常の元利金が確実に回収され、かつできるだけ高額の謝礼金(裏金利)が入手できさえすれば目的を達するのであって、それ以上に特定の第三者が誰であるかについては関心を持たないと思われ、仲介者が存在するときは、仲介者もまた預金者に対しては特定の第三者の詳細についての情報を与えず、自己の地位を有利にしようとするものと思われるからである。ところが、このような場合にも預金者と特定の第三者が直接間接に相互を個別的具体的に認識し、その間に通謀が必要であるとすると、仲介者が介在することによって容易に通謀をしゃ断し、同法の適用を免れる結果となり、預金者と第三者の間に通謀のないのが普通である導入預金について、その殆んどが同法の規制対象から除外されることとなり、同法はこのような不当契約をしてまで利益を得ようとする預金者を放置する解釈を許すものとは解されない。

従って、「特定の第三者と通じ」るというのは、必ずしも預金者と特定の第三者との通謀を必要とせず、仲介者を介して右両者が相互に存在することおよび導入預金関係にあることを認識していれば足りるものといわなければならない。この解釈のもとに本件をみると、前記認定の事実関係から、本件預金は同法二条一項に違反することは明らかである。

しかしながら、同法二条一項に違反する導入預金であっても、預金契約の効果については別に考えるべきであり、契約者等が同法四条によって処罰を受けることがあるのは格別、導入預金であることだけで公序良俗に反するとはいえず、預金契約が無効であるとはいえない。(最高裁判所昭和三五年九月一六日判決、民集一四巻一一号二、二〇九ページ)。本件導入預金をした原告が、前記柳川組の恐喝事件と導入預金の関係を知っていたとの事実は、本件全証拠によるも認められないので、いずれにしても被告の本抗弁は理由がない。

三、被告の抗弁二について判断する。

被告支店の支店長訴外岩中が組織暴力団柳川組幹部訴外梅本に脅迫され、約二億九、〇〇〇万円を被告支店から大建工商株式会社に対する貸付金名義で恐喝されたこと、原告は、導入預金である事情を知りながら、謝礼金(裏金利)を受領した上本件各預金をしたことは、いずれも前記認定のとおりである。そして原告の本件各預金が前提となって、梅本がこれを見返りとして被告から右預金相当額を喝取したのであるから、原告の預金行為と被告の損害の間に条件的因果関係があることは否定しえないところである。

しかしながら、本件全証拠によるも原告が梅本の恐喝行為と自己の預金との関係を知り、恐喝行為を認識し、あるいは梅本と共謀して本件各預金をしたとの事実を認めることはできず、導入預金であることを知って預金をしただけでは不法行為とならないものというべきであるから、被告の本抗弁も理由がない。

四、原告が、別紙一覧表(1)の定期預金の満期である同四一年六月一九日に被告支店に出向いたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると右預金の預金証書を持参して被告支店にその支払を求めたところ、帳簿書類が本店に引上げられたので本店で交渉されたいと言われ、本店に行ったところ、刑事事件に関連しているからその解決ができるまで支払えないと支払を拒絶されたこと、そこで満期未到来分についての支払についても同様予め支払を拒絶されたことを認めることができ、≪証拠省略≫を総合すると、原告はその後も同年七月三一日、満期の到来していた同(1)(2)の、同年八月二五日、同様の同(1)乃至(8)の、同年九月一〇日、同様の同(1)乃至(10)の元利金の支払を被告本支店に請求したがその都度断られたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

五、そうすると本件各定期預金の総額五、〇〇〇万円と、これらに対する各約定の三ヶ月間の年四分の割合による利息金計五〇万円のうち四五万円(別紙一覧表(二))、および別紙一覧表(一)の(1)の預金元利金五〇四万五、〇〇〇円に対する同四一年六月二〇日から、同(2)の預金元利金五〇四万五、〇〇〇円に対する同年八月一日から、同(3)乃至(8)の預金元利金三、〇二七万円に対する同月二六日から、同(9)(10)の預金一、〇〇九万円に対する同年九月一一日から、いずれも支払済にいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がない(預金債権は取立債権であって、預金者が債務者に支払を請求しないと、満期になったからといって支払がなくても直ちに履行遅滞となるものではなく、また予め満期未到来の預金の支払を拒絶しても、その拒絶理由は前記認定のとおりであるから、その後の事情変更によって支払に応じる場合もあり、満期が到来すれば、請求がなくても履行遅滞になるとは解されない。)から棄却することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法八九条、九二条二項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北浦憲二 裁判官 三好吉忠 中根勝士)

〈以下省略〉

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